「物質・材料研究機構」(茨城県つくば市)という名前を聞いても、「何してるところ?」と思う人が多いだろう。実はここ、面白い実験動画をネットで公開し、閲覧数がうなぎ上りに増え続けている、今注目の国の研究開発法人だ。日本の科学技術の低下や若者の理科離れが指摘されるのに、地味な研究機関の動画が人気を集める背景は−。
まるで悪魔の儀式のように、オレンジ色の炎が不気味な黒に変わる。磁石にくっつかないはずのアルミ製の一円玉も踊りだす超強力電磁石。ある配合の混合油に浸(つ)けると、あら不思議、ガラス板が消えた。
動画投稿サイト「ユーチューブ」の物材機構の公式チャンネルには、こんな実験動画が百二十本ほど公開されている。どれも四分程度で、科学の専門知識がなくても、驚いたり楽しめるものが多い。
物材機構は、特殊な性能の素材や材料を研究している。例えば、ひび割れしても短時間で自然に直るセラミックスを開発。約千百度の高温に耐えられる世界最高の耐熱合金は、航空機エンジンに使われ、熱効率を上げることでCO2削減に貢献している。
動画の制作と公開を始めたのは二〇一三年。立役者は一一年に広報室長に就いた小林隆司さん(53)だ。元NHKディレクターで、科学番組「ためしてガッテン」などを手がけた、映像を面白く見せるプロ。国の研究機関「産業技術総合研究所」の広報担当も兼ねる。
最初は細々と趣味程度に動画を制作していた。今も、大半の動画は撮影、編集からナレーションまで一人でこなす。「宇宙やロボットと違い、材料は地味。すごい性能でも見た目は、ただの金属などの塊なので」と苦笑いする。
しかし、物材機構によると、公式チャンネルの登録者は十七万人を超えた。再生回数は、昨年度末現在で二千九百万回以上。国立の研究機関と大学の中では、宇宙ファンの多い宇宙航空研究開発機構(JAXA)に次ぐ二番目の多さ。動画一本当たりの再生回数は二十五万回で、群を抜いてトップを誇る。
小林さんが心がけるのは「分かりやすい説明」ではなく「興味を持ってもらえる面白さ」。「興味を持ってもらえないと、解説しても意味がない」と考えている。そして、対象を中高生に絞ること。進路を考える年代が見て、材料工学を目指してもらうのが狙いだ。
物材機構によると、日本の材料は世界的にも優れ、輸出品目の金額では自動車とトップを争う。外貨を獲得する主要産業なのに、その地味さからバイオテクノロジーなどの陰に隠れがち。志す学生は少なく、学会でも問題になっている。
ところが三年前から、毎春に物材機構にメールが届くようになった。「動画で興味を持ち、今年材料系の工学部に進学しました。小さな田舎でも大きな夢を抱けました」「中学生の時にこの(動画の)シリーズに出合い、理系に進み材料工学に取り憑(つ)かれた。俺の人生を変えてくれた」「研究者の枠空けて待っててください」
動画でのリクルート活動は実を結びつつある。しかし、国立大学の法人化や運営費交付金の減額で、日本の科学技術の衰退は指摘され続けている。人材確保は、材料の分野だけの問題ではない。
学生からのメールにうれし泣きしたという小林さんは、力説する。「いろいろな研究分野で同じ活動をすれば、もっと多くの若者を引きつけられるはず。それは日本の科学の底上げにつながる」
文・宮本隆康/写真・いずれも物材機構提供
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