Sunday, October 23, 2022

<鴎外と正倉院>上-2 文豪心打たれた「夢の国」 - 読売新聞オンライン

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 正倉院展が開かれる奈良国立博物館(奈良市)の一角に、ひっそりと木造の門が立つ。かつて森鴎外が奈良に滞在した時に使った官舎にあったことから「鴎外の門」と呼ばれる。館内で唯一、その記憶をとどめる場だが、今では門の由来を知る人は少ない。

 鴎外は陸軍軍医トップの総監を退官後の1917年末、東京、京都、奈良の帝室博物館や正倉院を所轄する帝室博物館総長に就任。翌18年~21年の秋、正倉院宝庫の開封や宝物の 曝涼ばくりょう (虫干し)のため、奈良に1か月ほど滞在した。

 在職時は激動の時代だった。スペイン風邪の流行、原敬首相暗殺事件、第1次世界大戦――。社会を覆う空気はコロナ禍や元首相銃撃事件、ウクライナ侵略が起きる現代と重なる。

 多分野で才を発揮し、明治、大正を代表する知識人と言われる鴎外は、奈良で何を感じたのだろう。

 鴎外の短歌集「奈良五十首」には、正倉院に関する12首が収録されている。

 〈夢の国燃ゆべきものの燃えぬ国木の 校倉あぜくら のとはに立つ国〉

 鴎外は1918年11月、初めて校倉に立った。戦乱の時代に何度も焼失した東大寺大仏殿からわずか約300メートル。正倉院が燃えずに残る事実に奇跡を感じ、宝物が継がれる奈良を「夢の国」とたとえた。

 時代が大きく動く中、悠久の時を超えて存在する宝物に深く感じ入ったのではないか。

 宮内庁正倉院事務所の職員だった松嶋順正(1903~91年)が記した「正倉院よもやま話」からは、奈良での日々が浮かぶ。

 松嶋は当時、父親が奈良博に勤めていた関係で、鴎外と同じ官舎に家族で住んでいた。鴎外は平日、正倉院に詰めて9000件に上る宝物の点検に立ち会い、作業を見守った。そして雨の日は、宝庫が閉じられるため、傘を差して寺社を巡り、天平時代に思いをはせていたという。

 鴎外が一度だけ松嶋家の部屋を訪れたことがあった。

 「戦争が終わったね」

 18年11月中旬、世界大戦の休戦を知らせる号外を手に感無量の表情で言った。

 松嶋から直接、奈良での鴎外について聞いた同事務所の西川明彦前所長(61)は「どんな宝物も、平和な世でなければ伝えられないと感じていたのだろう」と推し量る。

 今年の正倉院展に初めて出展される「 錦繍綾●等雑張(にしきしゅうあやあしぎぬなどざっちょう) 」は絹糸で作られた織物の断片だ。向かい合う羊や 鳳凰ほうおう 唐草といった文様が描かれており、天平時代から 唐櫃からびつ に入れられ、保管されてきた。織物の (あしぎぬ) を題材にした歌からは、鴎外の宝物への思いがうかがえる。

 〈唐櫃の蓋とれば立つ (あしぎぬ)ちり もなかなかなつかしきかな〉

 開封の儀の後、唐櫃が開けられ、 (あしぎぬ) から舞い上がった塵に1100年を超える歳月を感じ取り、「なつかしきかな」と表した。織物はもちろん、塵さえも尊崇の念を持って見つめた。

 宝物は、国内外の歴史や文明に光をあてる至宝であると、より深く理解するようになったであろう鴎外。22年7月に病死するまで総長を続けた。正倉院との関わりはあまり知られてこなかったが、近年、その歩みを伝える動きが出てきている。

 観光ガイドをするNPO法人「奈良まほろばソムリエの会」(奈良市)の石田一雄さん(71)は3年ほど前から「正倉院と鴎外」をテーマに講演を重ねる。「鴎外の足跡をたどると、古き良き奈良への気持ちがあちらこちらに表れている。鴎外と奈良の関係の深さを伝えたい」と話す。

 没後100年に合わせ、帝室博物館から連なる奈良博は今年、鴎外の門を約20年ぶりに古びた感じを醸し出す伝統技法で塗り直した。命日の7月9日に合わせ、公式ツイッターで門の写真とともに、ゆかりを紹介した。

 井上洋一館長(65)は力を込める。「鴎外の宝物への敬意や愛は、博物館で働く私たちの中に今も生き続けている。しっかりと伝え継いでいくことが役目だ」

(●は「いとへん」に「施」のつくり)

奈良国立博物館(奈良市登大路町)
10月29日(土)~11月14日(月) ※会期中無休

◆事前予約の日時指定入場制です
【開館時間】午前9時~午後6時(金、土、日曜と祝日は午後8時まで)
【前売り日時指定券】一般券2000円、高大生券1500円、小中生券500円ほか
※ローソンチケット(Lコード:58885)で販売中です。売り切れ次第、終了します。会場での当日販売はありません。
※問い合わせはハローダイヤル(050・5542・8600)へ。
◎新型コロナウイルスの感染拡大状況により、開催内容を変更する場合があります。
見どころなどHPで 「第74回正倉院展」の公式ホームページ( https://shosoin-ten.jp/ )では、正倉院や正倉院宝物にまつわる情報を発信しています。宮内庁正倉院事務所のコラム、宝物の見所を紹介する動画などが楽しめます。関連グッズのオンライン販売も行っています。

【主催】奈良国立博物館
【協賛】岩谷産業、SGC、NTT西日本、関西電気保安協会、 京都美術工芸大学、近畿日本鉄道、JR東海、JR西日本、シオノギヘルスケア、ダイキン工業、ダイセル、大和ハウス工業、中西金属工業、丸一鋼管、大和農園
【特別協力】読売新聞社
【協力】読売テレビほか

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