“好青年”イメージ打破した『悪人』が転機に、捨て身の役作りで「一瞬死がよぎる感覚もあった」
その後、“俳優・妻夫木聡”は早々に頭角を現した。映画『ウォーターボーイズ』(’01)や『ジョゼと虎と魚たち』(’03)で数多くの賞を総なめ、テレビドラマ界でも『池袋ウエストゲートパーク』(’00)、『ランチの女王』(’02)、『オレンジデイズ』(’04)などでお茶の間人気を獲得し、トップ俳優としての地位を固めた。
圧倒的な爽やかさ、好青年イメージから、CM・ドラマ・映画と、オファーが止まなかった。その裏で、彼は知られざる苦悩に直面していた。
「20代は自分の仕事の姿勢が受け身だったし、どうしても同じような役回りが多かったんですよね。だからそこは、いつかは違うものに挑戦したいとどこか思っていたのかな。特に僕らの世代って個性を大事にする風潮が強かったので、自分も個性がないといけないのかなと迷っていた時期もありました」
「『悪人』は30歳になるタイミングで、初めて自分からこの役がやりたいと思って、一歩踏み出すことができた印象深い作品です。それまでは役を自分に引き寄せていたところから、自ら役に歩み寄るようになったというのも大きな変化でした。当時は自分自身を捨てて否定し続けることで祐一に近づいていったので、一瞬死がよぎる感覚もあったほどしんどかったですね。さすがに身が持たないので、毎回そういう役作りはしていないですけど(笑)」
怪人・柄本明の演技に“食われ”、快感「こんなに気持ちいいことはないというか…」
同作は、かつての依頼者である里枝(安藤サクラ)から、亡き夫(窪田正孝)の身辺調査の依頼を受け、他人として生きた“ある男”の正体を追っていくヒューマンミステリー。城戸が真相を追いながら自身のアイデンティティを自問していく姿が描かれている。順調に人生を歩んでいるようでも次第に足元が揺らいでいく城戸の様子に、妻夫木は自身の姿を投影していたという。
どうしても人間って『本当の自分はこうじゃない』ってダメな自分をどんどん排除して、理想の自分を追い求めていくところがあると思うんですけど、ダメな自分さえも認めることが実はすごく大事なことなのかなって。
それを感じた時にハッとして、足元をすくわれた感じがあったんです。世間的には40代って脂が乗っている時期だと思うんですけど、余裕がある年代でもあると思うんですよ。だからこそ油断していたなと思って、改めて自分を見つめ直すきっかけにもなりました」
「柄本さんは怪人なので、僕はいつも良い意味で食われたいなって思っていて、今回も見事に食っていただきました。芝居で“がぶっ”てやられると、こんなに気持ちいいことはないというか。
あの役回りってどこかフィクションになりがちなところがあるんですけど、柄本さんが持っている存在自体が、フィクションを一周して『こんな人いるかもしれない』って思わせてくれる説得力がある。芝居くさくないけど、芝居っぽいというか。あの役自体は詐欺師だけど、もっと客観的に見ると、一番まともなことを言っている可能性もあるなとも思えてくるんですよね。柄本さんじゃないとできない演技だなって思いましたね」
“無色”という個性で40代は自由に「何色にでも染まれる方が人生楽しいと思えるように」
「20代は大人になりたい自分がどこか存在していたし、30代はもっとしっかりしないといけないっていうイメージがどこかあったんですね。でも実際40代になってみたら、逆にもっともっと自由でいいんだって気づいて。良い意味で力が抜けたのかな。今は個性がないのも良いんじゃないかなって思えるようになりました。無色でいるのは何色にでも染まれることじゃないの?って。その方が人生楽しいんじゃないかなって思えたんですよね」
無知の10代、迷いの20代、攻めの30代を経て、40代で“自由”を手にした妻夫木。来年デビュー25周年を迎える彼は、“アイデンティティ”の呪縛から完全に解き放たれ、皮肉にも、それが彼の強固な個性になっているようだった。
原作:平野啓一郎「ある男」
出演:妻夫木聡 安藤サクラ 窪田正孝
清野菜名 眞島秀和 小籔千豊 坂元愛登 山口美也子
きたろう カトウシンスケ 河合優実 でんでん
仲野太賀 真木よう子 柄本 明
監督・編集:石川慶 脚本:向井康介 音楽:Cicada
企画・配給:松竹 (C)2022「ある男」製作委員会
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