一片の私心なく、決断を貫く
「リーダーは自利利他の精神を持たなければならない」。哲学者の梅原猛が著書「将たる所以」であるべきリーダー像を記した中の一節だ。自利利他は、自ら仏道を修行して悟りを得るとともに、他人に仏法の利益を得させるという大乗仏教の精神だ。野村ホールディングス(HD)の永井浩二会長は、30代にこの言葉を胸に刻み込む出来事があった。
1990年代前半、野村証券は家庭の主婦3000人程の営業外務員を抱えていた。当時、従業員組合委員長を務めていた永井会長が組合への加入を進めたところ、組合や外務員自身からも猛反対にあった。「その時に自分のためという私心が一片でもあったらやめていた。それが無かったから、皆の反対にあっても絶対にやろうと決断できた」と永井会長は振り返る。
12年8月に最高経営責任者(CEO)就任後も自利利他の精神が経営の規範となる。就任時、野村証券は米リーマン・ブラザーズの運営を引き継ぎ、日本の金融機関で唯一グローバルな顧客基盤を持っていた。これと裏腹に収益構造はコストが重く、リーマン・ショックで貸借対照表(B/S)も傷ついていた。課題である収益性の改善に傾注した。
これと同時にトップマネジメントで意識したのは、時代の流れを読む大局観だ。例えば国内の店舗政策。「デジタル化が進めば、店舗の在り方を見直す必要がある」と集約にかじを切った。CEO就任時に全国178あった店舗数は在任最後に128に減少。従来の自前主義から転換し、地方銀行との本格的な業務提携にも乗り出した。
CEO在任中に最も意を注いだのは企業文化の変革だ。部門の壁、前例踏襲主義、チャレンジ精神の希薄化―。いわゆる大企業病の弊害だ。体質改善のために「創業の精神に立ち戻ろう」と決めた。8月に「野村『創業理念と企業倫理』の日」を設けた。全社員で企業文化を見つめ直し、いい所も悪い所も議論する。「人は自分の嫌な所を認めたがらない傾向がある。年に一度立ち止まって考えるのは必要な作業」と狙いを語る。
創業理念も時代環境に合ったもの、合わなくなったものを見極めるように指示した。この中で創業者、野村徳七の唱えた「自己の利益よりも顧客の利益を先にす」という顧客第一の精神は、「絶対に変えてはいけない」という。次代につなぐ事こそトップの大切な使命と心得ている。(編集委員・川口哲郎)
【略歴】
ながい・こうじ 81年(昭56)中央大法卒、同年野村証券入社。03年取締役、同年執行役、07年常務執行役、08年常務、09年専務、11年Co―COO兼副社長、12年野村HDグループCEO、20年同会長。東京都出身、63歳。
日刊工業新聞 2022年8月29日
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